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曲の本質

ずっと続けているクラシックギターですが、レッスンという意味では、月3回ギター教室のと、年に1・2回不定期で公開レッスンに参加させてもらっています。

しかし、演奏したい曲の全てでレッスンを受けられるわけではありません。時間の制約もあるし、ときには「この曲でレッスンってのもなぁ」ってポップスなのもある。そんなレッスンを受けない曲も自分で解釈できるようになりたいので、教えてもらう内容をどの曲にも通じる普遍的な要素に帰納できるように意識しています。

けれども、最近とあることから、
「曲の中にある普遍的な内容を抽出する」ことを目的にしたせいで、
「『現にいま取り組んでいる曲』自体に込められているよさ」を見ることをおろそかにしていたかも知れないと気づきました。

多くの曲に対して普遍の部分は、きっとたくさんあります。拍子と調を確認する、音価は楽譜の指示通りに、転調部分は雰囲気を変えて、テンポは崩しすぎず、旋律の始りを意識して・・。ただ、それらをいくら集めても、『現にいま取り組んでいる曲』の本当に綺麗なところなんてのは出てこないですね。

自分の周りの家族や友人を観察して、「人間ってのには目が二つあって鼻が一つで」なんてやっていっても、自分って人間の本質が出てこないのと同じように。

もちろん演奏するときには自分なりの思いや解釈を込めて弾くようにしていますが、こと楽譜を見るときには、「『この曲』のよさを味わう」と言う支点を見落としがちになっていたなと残念に思います。今までのアプローチが別段間違っていたとも思わないので後悔や失望とかはなく、ただ残念という言葉がしっくりきます。

「今弾いている曲にがむしゃらに取り組む」と言う意味では、レッスンも受けずにひたすらやりたいように弾いていたころの方がよかったかも知れません(それが多くの人の心に届くものであったかは別の問題として)。ちょっと回り道をしてしまったかな。でも今気付けてよかったと思います。

次から楽譜を見るときには、もっとその曲自体を愛おしむ心を持って臨みたいと思います。
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