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Forever Love

Forever Love
フォーエバー ラブ



作曲:YOSHIKI
編曲:田嶌道生

X JAPANのバラード、Forever Loveを演奏しました。
YOSHIKIさんの作る曲は、メロディラインがしっかりしていて、またコードも綺麗に流れていくので、インストにもすごく合います。

TAIJIさんの訃報を聞いて、何かしたくなり録音しました。
実際にはこの曲の発表時にはTAIJIさん既にXを脱退していましたけどね・・。。


おととし、約15年を共に暮した祖父を亡くしました。とても悲しく辛いことでした。しかし、いつまでも落ち込んでいられない、仕事もたまってしまうし、と、お葬式の前の日に一度職場に行きました。そこで、こんなときでも世の中が普通に回っていること、そしてその中で自分が意外にも仕事をこなしていると言う事実が私をもっと悲しませたのを今でも覚えています。

人が死ぬということは寂しいし、辛い。それでも時間は過ぎ去っていってしまいます。世の中は周り続けます。
そんな中で残されるものにできることは、時に故人を思い出し、過ぎ去った日々に想いを馳せることかもしれない、最近はそんな風に思っています。ふとした折に在りし日の姿を思い出す、それが何よりの供養になるのではないでしょうか。

拙い演奏ですが、この曲が、このブログが、TAIJIさんやhideさんだけでなく、最近久しく思い出していなかった誰かを思うきっかけとなってくれれば幸いです。

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「あんたさ」老女はその後で、唇をさほど開かず、呼吸のついでのようにいった。「人が死ぬことってどう思う?」
「特別なことではない」私は素直に答える。彼女自身が昨日、人はみんな死ぬ、と発言したばかりだった。
「そう、全然、特別じゃない」老女はなぜか嬉しそうに言う。「でも、大事なことだよね」
「特別ではないのにか」
「たとえばさ、太陽が空にあるのは当たり前のことで、特別なものではないよね。でも、太陽は大事でしょ。死ぬことも同じじゃないかって思うんだよね。特別じゃないけど、まわりの人にとっては、悲しいし、大事なことなんだ」
「それがどうかしたのか」
「どうもしない」白髪の老女は笑う。

伊坂幸太郎「死神の精度 死神対老女」より

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「この世は怖い。人生は大きい。この三日間でつくづく俺はそう思た。人間は死ぬよ。哀しむべきことやない。ただ、人が死ぬということは寂しい。そやから人生は、やっぱり寂しいもんなんや。しかし、俺は生きて生きて生き抜くぞ。乞食になり果てても、気が狂うても、俺は生き抜くぞ。そうやって必ず自分の山を登ってみせる」

宮本輝「青が散る」より

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TAIJIさん、そしてhideさんのご冥福を改めてお祈りいたします。
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「NHK-FM.名曲リサイタル」に猪居謙さん、亜美さん出演

本日7/30、19:20からの「NHK-FM.名曲リサイタル」に、猪居謙さん、亜美さんが出演されました!

って、過去形ですみません・・。。私も今日聞いて、自分がFMラジオ聞ける状態にするのにいっぱいで事前に記事を書けませんでした。


猪居謙さん、亜美さんは私がギターを習っている猪居信之先生のお子様で、二人とも物心ついたときにはギターを触っていたと言う強者です。ギターは本当にうまくて、難曲をさらっと弾かれるのを昔から驚嘆の気持ちでみていました。今日は、デュオ主体の構成で息のあった演奏を聴くことができました。三千院やセンテナリオ通りなど、私も過去に演奏したことのある曲もあり、また二重奏したくなってきました。

ソロでもアサド作曲「アクアレル」より第2・第3楽章を謙さん、パガニーニのカプリス24番(福田進一編)を亜美さんがそれぞれ演奏されていて、聞き惚れてしまいました。アクアレルは私も弾きたいんですけれど、3楽章は手が出せない・・。

ラジオを聞くの、実は15年振りくらいでしたが、たまにはいいもんですね。映像がないだけに、想像力を働かせることができました。お二人の素朴な会話や兄妹ならではのほのぼのとした話なども楽しめ、ラジカセの前でわくわくする時間を過ごすことができました。また今度は生で演奏を楽しみにしたいと思います。

TAIJIさん逝去

ロックバンドXの元ベーシスト、TAIJIさんが亡くなりました。ご冥福をお祈りいたします。

中学~高校時代にかけてバンドを組んでいたときは、エックス大好き少年でした。私が当時使用していたギターはhideさんモデルのものでしたし。見た目の奇抜さが取り上げられやすいバンドではありますが、ドラムやエレキギターと言った激しい音使いと、ピアノやシンセサイザー・オーケストラを融合させた綺麗な旋律の組み合わせは、私にはものすごく新鮮で格好良く感じました。特にBlue BloodやSilent Jealousy、そしてArt of Lifeなどにはすごい衝撃を受けて、いまだに聞いています。

ところで、1998年には同じくXのギタリストであったhideさんも急死しています。あれも、すごくショックでした・・。


高校時代に国語の授業で、「私小説家は自らの生活を基に小節を書くので、話のネタとなる題材が身の回りになくなると無理に作り出そうとして悲劇的な最期を迎えることが多い」と言った話を聞いてなんとも寂しくなったことを今でも覚えています。三島由紀夫や太宰治がそう言った人にあたるのでしょうか。

音楽の世界でも、そう言ったのはあるのかな、と少し思いました。尾崎豊しかり、hideしかり、TAIJIしかり。
彼らの本当の死因なんて私にはわかりませんから勝手なことは言えませんが、ロックな音楽を届けてくれる彼らの、ごく平凡に年老いていく姿を私は見ていたかったようにも思います。ロックをやるにはロックな人生を送らないと!みたいなよくわからないご老人も最近見かける気がしますが、どこに需要があるのか私にはわかりません。

音楽的に新しいことは、必ずしも人生観が保守的であることとと相反しないと思うのですけれど、どうなんでしょうね。音楽家に本当に必要なのは真摯さの一点で、そこさえ外さなければ、ロックなクラシック音楽家も、古典的なレゲエプレーヤも、ありだと思うんです。


なんかまとまらないままつらつら書いてしまいましたが、
かけがえのない音楽を私に届けてくれた偉大なミュージシャンの死に哀悼の意を捧げたいと思います。

手本にはなれんが、見本ぐらいにはなれる

猪居ギター教室レッスン(7/6)
相変わらず、脱力できるフォームに関する試行錯誤を繰り返して、見てもらっています。

気にしているポイントは3つ
・左手を脱力して、肘が基本的にストンと落ちていること。
・左手の小指が、指板に近い状態を保つこと。
・人差し指は、無理に立てずに倒し気味でもよい。

これを意識しながら、基礎練習をして、カルカッシのエチュードNo.5,No.6とソルのエチュードNo.6(OP35-17)に取り組んでいます。

ところで、フォームに関して一番大切なことは、「正解が与えられる」と思わずに、自分で自分に適したフォームを探すことであると思います。

私は今習っている先生を尊敬しています(だから習っているわけです)。しかし、教えてもらえること、ことフォームに関しては、言われてはいはいそうですかと完全に鵜呑みにするわけにはいかないとも思っています。
私と先生は体格も違うし、筋肉の付き方も違うし、指の長さも違う。爪の生え方も堅さも違う。使っているギターも違うから、音の出し方も完全に一致するわけではない。だから、教えていただいた中から、何が自分にとって有効かを判断し、選ぶことが必要だと思っています。(もちろん、言われたことはまずやってみる、と言う姿勢が必要であるとは思います。)

インターネットが広がっていて、「クラシックギター フォーム」とか「クラシックギター 脱力」とか調べると、すぐに色んなサイトが引っかかります。私のこのブログも、そう言ったキーワードで見にきて下さる方がいるようです。ありがたいことである反面、ある種の怖さを感じるんですね。

インターネット上とはいえ、誰でも見られる所に意見を書いている以上、自分の書く内容に無責任にならないよう注意はしていますが、注意したからといって誤った情報を配信してしまう可能性はあります。また、私にとって有益でもあなたにとって不利益である可能性は否定できない。

そこで、冒頭の言葉が出てくるわけです。
\\\\
この本で私が紹介するのは、読者のひとりひとりが自分勝手なやり方を発見するためのサンプルにすぎない。
「手本にはなれんが、見本ぐらいにはなれる」と言ったのは、北陸の生んだ仏教者で、清沢満之の門弟三羽烏のひとりだった高光大船である。私はこの言葉がとても好きだ。簡易食堂の薄汚れた陳列ケースにならんでいるプラスチックのサンプル。見本は手本とちがって重くない。それを見おろして、あれこれとあげつらうことも自由である。
\\\
これは、五木寛之さんが著書「知の休日」の中で語られている文章です。私なんかと五木寛之さんを同列に語ることはできませんが、この文章の「本」を「ブログ」に置き換えると、私の心境にしっくりきます。

手本にはなれなくても、見本にはなれる。ひょっとしたらそれは悪い見本かも知れないが、そう言う観点がある、と言うことを知らせる事ができれば、それはそれでやはり有用なのではないでしょうか。
なので、私のブログでは、「私の解釈では」やそれに似通った言葉が頻出していると思います。
#単なる責任のがれとの説もあります。w

記事を書く側も読む側も、教える側も教えられる側も、「手本にはなれんが、見本ぐらいにはなれる」の気持ちを忘れずに、その人なりのやり方を模索する一助となれれば一番素晴らしいことだと思います。

脱力

最近は、左手の脱力を強く意識して練習しています。

きっかけの1つは、福田先生の公開レッスンで左手の使い方を詳しく指導されたこと。
もう1つは、その話を猪居先生としていて、「加齢からくる腕の反射の衰えをカバーするには、楽なフォームを今のうちから意識した方がいい」と言う話になったこと。

新しいフォームとして、左手の小指が指板に近い状態にすること、その状態で変な力が入らないように、腕をぶらんとぶら下げてしまうことを意識しています。今までは肘を少し左に張ったフォームだったのですが、握力等で特に困っていなかったので修正を先伸ばしにしちゃっていました。。

新しいフォームはまだ自分の中で完全にはしっくりきてないのですが、だいぶ慣れてきました。前まで押さえにくさを感じてるときがあったハイポジションのセーハなども比較的びびりにくくなっていることから、それなりに手応えを感じています。

ただ、腰や背中の筋肉の張り方が今までより少し強くなっているような気がするので、悪い癖が付かないように注意深くチェックをしていきたいと思います。

暑い

先週くらいから、暑すぎですね。

節電の夏なんで、扇風機で乗りきろう!って感じがありますが、ギタリストに扇風機は天敵なんです。。
なぜなら、爪を磨く時に、磨いたカスが飛び散ってしまうから。
しかも、紙ヤスリが汗でふやけてしまったりもするので、暑い日はなかなか宜しくないのですね…

あと、汗でギター本体の塗装が剥がれないようにも注意が必要です。

でも、冬の寒い日は指が冷えて動かないことも多いので、それよりはましですかね。
暑さに負けず練習しようっと。
プロフィール

あしゃお

Author:あしゃお
名前:麻尾佳史
住所:兵庫県宝塚市
年齢:昭和56年生まれ

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