猪居ギター教室レッスン(2/23)

猪居ギター教室レッスン(2/23)

○カプリチオ(クレンジャンス)
松下先生の公開レッスンを受けた後始めてのレッスンだったので、松下先生の受講内容の整理も兼ねてカプリチオの曲について話す。
・話をしているうちに、またイメージを変えたい箇所が出てきたため、その場での演奏はすごく不安定になってしまった。
・やはり、曲全体を通してどのように弾くか・どこをどう盛り上げどこを静かにするか、などを整理し噛み砕いて置かないとよい演奏はできない(むしろよくわからない演奏になってしまう)と言う典型例

○アラビア風奇想曲
・この曲は、松下先生の公開レッスンで別の方が受講していて、改めて「いい曲だなー」と思って弾きたくなったので急遽見ていただいた。
・実は、猪居先生に習い始めすぐのときに一度見ていただいた曲でして。当時よりはだいぶ楽譜も読めるようになって、テクニックも上がったと思っているので、レッスン内容がどれくらい変わるかと言う自分への期待もあり見てもらう。
・結果、、惨敗(TT) 伴奏が邪魔をしないように、アクセントを意識して、転調では雰囲気を一気に変えて等々、他の曲でもいつも教えていただいていることが結局徹底できていないなぁと。もっと自分の演奏を客観的に聴く必要があるなぁ。


色んな曲のレッスンを受けている中から、全ての曲に普遍的な内容を抽出し、他の曲の演奏時に展開できるように心がけているつもりだけれども、その精度をもっと上げられる工夫を考えよう。
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パヴェル・シュタイドル ギターリサイタル(2月26日 大阪)

2月26日に、大阪の門真市ルミエール小ホールにて、パヴェル・シュタイドルさんのギターリサイタルが開催されます。

詳細・チケット取り扱いはコチラ→主催の猪居ギター教室ホームページ

この方の演奏は、一言で言うと自由です。色々なものから解放された空間を共有させてもらえます。素晴らしいインスピレーション。見ている観客が楽しめる工夫を随所に凝らした演奏方法。すべてが「彼の世界」です。テクニックが素晴らしく、音が美しいいことはもちろんですが、そんな説明で彼を表現するのがためらわれてしまうくらい、とにかく素晴らしいの一言です。

彼の音楽の素晴らしさを言葉で伝えようとすること自体にある種の矛盾ともどかしさを感じますが、あえて言うなら「ファンタスティック」でしょうか。(日本語ではなくなってしまった・・)

まだ彼の演奏を聴いたことのない方、是非一度足を運んでみてください。間違いなく、彼独自の世界に引き込まれ、言葉にならない感動を味わえると思います。

編曲作業

今週末は、友人の結婚式での演奏に向けて、ギター合奏用の編曲作業を行っていました。

私は絶対音感がなく相対音感もそこまでよくないので、編曲を効率よくするために基本となる楽譜やコードは用意することが多いです。それでも、楽譜には載っていない音を聞いたり、ギターらしい音使いのイメージを高めたりするために、編曲する楽曲を繰り返し繰り返し聞くことになります。

そうすると、普段何気なく聞き流している曲でも、「あ、ここはこんな和音使ってたんだ」とか、「気づいていなかったけど、こんなベースラインだったんだ」など、色々発見があっておもしろいものです。ギター弾き語り用の楽譜とかではコードと歌詞だけのものも多いですが、音の構成をしっかり聞くと作曲者の意図が伝わってきて楽しくなりますね。
#本当は、最初に何気なく聞いたときからそう言ったことが全部わかるのが一番いいんでしょうけど・・

そんな感じでこの週末まとまった時間を割いたおかげで、編曲作業はかなり進みました。ただ、肝心のギターを弾く時間があまり取れなかったのことが残念です^^;

クラシックギターの魅力 ~消えゆく音の美しさ~

少し前の話になりますが、テレビ朝日系列「題名のない音楽会」の1月30日の放送で武満徹の特集が放送されていました。タイトルは、「日本の巨匠 武満徹~音が沈黙と測りあうとき」でした。

武満徹さんは日本を代表する作曲家で(1996年に逝去されています)、クラシックギタリストにとっても大変重要な楽曲を作・編曲もなさっています。

武満徹さんの音楽を評して、指揮者の佐渡裕さんは「耳を澄ましたくなる。音が消えていくまで耳を傾けていたくなる」と語っておられました。また、作曲家でかつては武満徹さんのアシスタントをされていたという池辺晋一郎さんは、「音が消えた後にもテンションがある。書道の世界では、文字の黒い部分が大切なだけでなく、文字がない余白の部分も大切。それと似た感覚」と述べられていました。


これは、クラシックギターを語る際にもかなり重要な感覚です。と言うのも、クラシックギターの特徴として、発した音がその瞬間から減衰を始めることが上げられるからです。クラシックギターでは、一度出してしまった音を持続させることは一切できません。それに対してバイオリンのような擦弦楽器や息で演奏する管楽器は、一度出した音を伸ばすことだけでなく、強めていくことさえできます。ピアノは本体の中の弦をハンマーで叩いて音を出しますが、音を持続するための長音ペダルを使用することである程度音の長さをコントロールできます。このように他の楽器と比較すると、クラシックギターの音を持続させられない特性は、欠点のように思われます。

しかし、この点はクラシックギターの短所であると同時に、最大の魅力なのです。

人気の若手クラシックギタリスト大萩康司さんは、昔テレビのインタビューでそのものずばり「弾いた音が消えていくところがギターの最大の魅力だ」と語っていました。世界最高のギタリストの一人ジュリアン・ブリームさんは、「クラシックギターの一番美しいところは消えていく音の後ろ姿だ」と表現したそうです(残念ながら、また聞きです)。また、松下隆二先生は、「他の楽器では練習しないと得られない美しい減衰が、クラシックギターでは最初から誰でも出すことができる」と言う言い方でクラシックギターの音の魅力を語っておられました。第一線で活躍されるギタリストの方は、自身の扱う楽器の特性を明確に理解した上で、それを長所と捉えて演奏されているんですね。

また、このような観点から考えると、武満徹さんの楽曲がクラシックギターにとって重要なレパートリーとなるのも納得がいきます。消えゆく音の美しさを表現した曲を、消えゆく音をもっとも美しく響かせる楽器で演奏する。素晴らしい組み合わせですね。


ともすれば、派手な曲や分かりやすい演出が受けやすい世の中ですが、、

「消えゆく音に耳を澄ませ、沈黙と測りあう」

そんな気持ちを忘れず、奥の深い演奏を心がけたいものです。

松下隆二先生公開レッスン(2/6)

松下隆二先生公開レッスン(2011/2/6 於:守口さつきホール)


福岡在住のクラシックギタリスト 松下隆二さんの公開レッスンを受講しました。昨年に引き続き二度目の受講にとなりました。曲や作曲者・時代背景に対する正確な知識に基づくレッスンは、今回も非常に勉強になりました。

私の受講曲は、"CAPRICCIO Opus 120"(Francis KLEYNJANS)です。
※あくまで、レッスンを通じた私の解釈・および感想です。

○大まかなポイント
・曲の先頭に書いてある指示、"mouvement perpetuelement"(常に動き続ける)は、一定のテンポで流れ続けることを要求していると解釈する。よって、特記してあるところ以外は、意識してインテンポで演奏する。無窮道と言う言葉もあるそうです。
・その分、Bien chante(Well sing)の箇所では、インテンポを崩してもいいから自由にしっかりとメロディを歌う。音が跳躍するところは特に丁寧に。
・メロディの減衰に合わせて、アルペジオの音も順に小さくしていく。あくまで旋律メインなので、アルペジオが小さくて聞こえないことを恐れず、聞こえなくても構わないくらいの気持ちで大胆に変化をつければよい。
・ハーモニクスのところは、低音がペダル音になっていることに注意して、しっかり出す。
 →ペダル音は、旋律や和声が変化しているにも関わらず低音を一定にすることで、ある種の浮遊感を生み出す役目をする。この場合も、メインのメロディがハーモニクスに変化し、さらにペダル音をしようすることでふわふわした感じを作曲家は意識したはず。
・最後の方の"suspendre"(一時停止・つるし上げ)のところでは、一度きちんと音を切ったあと、さぁ弾くぞと思ったところからまだ少し我慢するくらいで。

○全体的なイメージ
・風景の中を主人公(主旋律)が速度一定で歩いていくイメージ。その歩みに合わせて風景(和音など)は目まぐるしく変化するが、それら全てに目を留めてピントを合わせていると、くどくなり全体も長くなってしまう。
・ハーモニクスの所は主旋律自体が透明になるので、逆に風景を鮮明に描写する。
・お客さんには全ての風景を提示して説明するのでなく、流れていく中に、「あ、こんな風景もあんな景色もあるな」と後から気づいてもらうくらいの、少々置いてけぼりにして歩いていってしまうくらいの感じ。全てを説明してしまうと、全体的にくどくなって疲れてしまう。
・しっかりと見せたいところには"rit"や"chante"の指示があるので、そこを特に大切に。


○その他
・mfとは、特に「大きく」とも「小さく」とも意識せずに、自然に(=緊張なしに)出せる音量と考える。f(フォルテ)では音が大きくなるので当然緊張をともなうし、p(ピアノ)も小さくする方向に緊張をともなって演奏する。
・rit.やフェルマータなどで間を入れるときに、いつも間を入れて練習をしていると、固定の間が初めからあったと錯覚して弾いてしまうようになりリアリティがなくなってしまう。そのため、日頃からインテンポの練習も行い、我慢できず間を入れて表現をすることで、新鮮味・リアリティを常に持つように意識する。


上記のようなアドバイスをいただいて演奏してみて、曲が一気に流れていくようになり、曲全体の長さは変わっていないはずなのに短くなったようにすら感じました。(これは、前に二つのワルツ(クレンジャンス)のレッスンを猪居先生に見てもらっていたときに、下手に加速や減速を使うよりもインテンポを意識した方が曲が流れる、と思ったときの感覚に似ています。)

イメージが今まで以上に明確になり、表現したいこともたくさん出てきたので、これからこの曲を弾くのがますます楽しみになりそうです。

松下隆二さんギターリサイタル

2/4、松下隆二さんのギターリサイタルを聴きに行って来ました。

前半が南米の曲をメインとしてソロで、後半は岩崎慎一さんとのデュオで鍵盤楽器用の曲をギターで弾く、というものでした。知らない曲も多かったのですが、どの曲も非常に聴き応えがあり楽しめました。

会場は、大阪は守口のアイリスカフェと言うところで、収容人数が4~50人の少し小さめのサロンです。私は実は、大きなコンサートホールで聞くよりも、このくらいかこれ以下の大きさのホールで聞くリサイタルの方が好きだったりします。演奏自体がマイクを通さないのはもちろん、曲間の奏者の語りや曲中の息づかいまで感じられるこの距離感が、クラシックギターの繊細な響きを楽しむには一番ではないかと思います。

そんな会場で演奏を聴いていて、以前松下隆二先生の公開レッスンを受けたときに聞いた言葉を思い出しました。

小さな会場で弾くときは、小さな変化をさせても伝わるが、コンクールなどの大きな会場で弾くときは表現も大げさにしないと聞き手にその変化が伝わりません。例えば俳優でも、カメラにアップにしてもらえる映画俳優と、舞台でマイクなしで演技する舞台俳優では表現の仕方が違いますよね。舞台の上で、映画のように繊細な表現をしても観客には見えませんし、カメラの前で舞台のように振る舞ったらそれは大げさすぎます。どちらがいいとか悪いではなく、そのシーンに応じて表現の方法を変えなくてはいけません。

と、まあそう言った内容のことを教えていただいたんです。
昨日のリサイタルでは、表現を繊細に豊かに変える素晴らしい演奏を聴くことができましたが、これも会場のサイズ感を把握された上でのプロの技なんだなぁと、そんなところでも感動しました。逆に言うと、会場がこれ以上大きくなると表現自体を変えて演奏をされるかも知れないので、それならやはりこの距離感で絶妙な音色の変化を感じたいなぁ、とも思います。

明日は公開レッスンでクレンジャンスの「カプリチオ」を見ていただく予定ですが、ますます楽しみになってきました♪

猪居ギター教室レッスン

猪居ギター教室レッスン(1月)

ここのところレッスン日記をあまり更新できていませんが、レッスンは今まで通り続けています。

tears in heaven(佐藤弘和編) と、アデリータ(タレガ)を春の発表に向けて見てもらっています。
また、2月6日に松下隆二先生の公開レッスンを受講予定ですので、それに向けてカプリチオ(クレンジャンス)もレッスンしてもらっています。

○Tears in heaven(作曲:Elic Clapton 編曲:佐藤弘和)
後半の音数が増えるところのイメージに関して。
先生に、この部分の多弦にわたるきらびやかな響きは、バリオスの大聖堂に聞こえる、と教えていただいた。また、バッハのような旋律も聞こえるので、総じて教会のようなイメージだと。

私は、天窓から光が射してきて、柔らかなきらめきに包まれ悲しみが浄化されていく様をイメージしていたので、それに教会のイメージがうまくマッチして、表現を作っていける手応えがあった。

○カプリチオ(F.Kleynjans)
旋律の頭を丁寧に表現することや、旋律の裏の和音を邪魔をしないようにしかし存在感を持って弾くことなど。
あとは、曲の終わりのmfを見落としていたところを指摘される。強制ハーモニクスにも関わらずmfと言うのは、かなり強く弾いて欲しいと言う作曲者の気持ちのあらわれじゃないか、とのこと。しかし、単に強く弾いてもしっくりこないので、ラレンタンドとリタルダントをうまく使って表現できるように模索中。
プロフィール

あしゃお

Author:あしゃお
名前:麻尾佳史
住所:兵庫県宝塚市
年齢:昭和56年生まれ

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