松下隆二先生 公開レッスン受講

黄金時代が現代であったためしはない。
いつだって黄金時代は、その時代には気がつかず、後になってはじめて、「あの時は良かったな」と分かるもの、そういう意味なのだろう。もしくは、まだ見ぬ未来にだけ存在している、ということか。

~チルドレン(伊坂幸太郎)より~


というわけで、なかなか黄金時代が到来しないなぁ、と思うたびに冒頭の言葉を思い出します、麻尾です。後になって「あの時は良かった」と思うときは結構あるわけなので、今もそんなに悪いわけではないのでしょう。

少し時間が空いてしまいましたが、1/29に九州は福岡在住の松下隆二先生の公開レッスンを受講してきました。その内容を・・、とここに私が書く前に、すでに松下先生がご自身のブログに内容のエッセンスを書いてくださっている!!なんと太っ腹!非常に参考になりますので、みなさんよければご覧ください。
http://www.classic-guitar.org/blog/archives/2560

私は、ジョン・デュアート作曲の「アパラチアの夢」と言う曲を見ていただきました。この曲はアメリカ アパラチア地方に伝わる民謡を題材にした組曲となっています。事前に準備をしているうちに、クラシックギターらしく弾くのか、それとも原曲に近い感じで弾くのか、どんどん曖昧になってしまい、煮え切らない状態での受講となってしまいました。それは、松下先生の言葉を借りると、次のようになります。『民族主義的作品を扱う時、自分のとりたい”立ち位置”を確認する。可能性はふたつある。即ちその曲を”クラシックギタリストとして”アプローチするのか?あるいはそれを捨てるのか?』

自分の技術はもとより、曲にも演奏場所にも、聴衆にも色々なものを考慮にいれて立ち位置を決められれば良いと思いますが、どのような立ち位置で演奏するにせよ、それらに対応できる演奏技術の柔軟さ/幅広さと、その中で自分らしい景色を見定める、と言うことを大切にしたいと思います。

松下先生、主催の岩崎先生、お世話になりありがとうございました。

麻尾
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訃報

本日、年内最後のギター教室レッスンに行ってきました。普段は平日仕事の後に向かうので、なかなか疲れているいるのですが、たまの祝日レッスンは非常に充実しています。

レッスン中に、「ディアンスがなくなったんですね。寂しいもので、また何か彼の曲を弾こうと思っています」という話をしていると、「ディアンスもだけど、佐藤宏和さんが昨日亡くなったんだよ」と・・。まさに絶句でした。

話の中で、昨年には佐藤正美さん、江部賢一さんも亡くなられていたと聞き、本当に言葉がない。みなさん、私のギター人生にかけがえのない音楽を与えてくださった方々です。


亡くなられた方への一番の供養は、折に触れて思い出すことかと思います。みなさんの残された音楽を携えて、時に思い出しながらその音楽を奏で続けていきたいと思います。

今年ももうすぐで終わりですね。冷え込みの厳しい日もでてきています。みなさんもご自愛ください。


以前にもこのブログで取り上げたことがありますが、私の好きな小説家の好きな作品から、死にまつわる好きな言葉を引用します。


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「あんたさ」老女はその後で、唇をさほど開かず、呼吸のついでのようにいった。「人が死ぬことってどう思う?」
「特別なことではない」私は素直に答える。彼女自身が昨日、人はみんな死ぬ、と発言したばかりだった。
「そう、全然、特別じゃない」老女はなぜか嬉しそうに言う。「でも、大事なことだよね」
「特別ではないのにか」
「たとえばさ、太陽が空にあるのは当たり前のことで、特別なものではないよね。でも、太陽は大事でしょ。死ぬことも同じじゃないかって思うんだよね。特別じゃないけど、まわりの人にとっては、悲しいし、大事なことなんだ」
「それがどうかしたのか」
「どうもしない」白髪の老女は笑う。

伊坂幸太郎「死神の精度 死神対老女」より

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「この世は怖い。人生は大きい。この三日間でつくづく俺はそう思た。人間は死ぬよ。哀しむべきことやない。ただ、人が死ぬということは寂しい。そやから人生は、やっぱり寂しいもんなんや。しかし、俺は生きて生きて生き抜くぞ。乞食になり果てても、気が狂うても、俺は生き抜くぞ。そうやって必ず自分の山を登ってみせる」

宮本輝「青が散る」より

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大切なのは聴き手になにを伝えるか

日本を代表するピアニストであった中村紘子さんが、7月に逝去されました。ご冥福をお祈りいたします。
8月には、テレビ朝日の「題名のない音楽会」で、中村さんの追悼特集が組まれていました。その最後で、中村さんによる名言として紹介されてた言葉を引用いたします。

《上手い人は山ほどいる。大切なのは聴き手になにを伝えるか。》

核心をついた言葉だな、と思います。演奏とは、必ずしも伝えることがないと成立しないわけではありません。音符を並べるだけでも成立します。しかし、私は、何かを伝えられる演奏を目指したい、と思います。

社会人になって丸10年が経ちました

最近仕事がかなり忙しく、あまりブログを更新する時間がありません。と言うものの、ぼちぼちやっております。

ギター関係としては、3月と6月(と言うか昨日)に1回ずつ、友人の結婚式で余興の演奏をさせてもらいました。大学を卒業して社会人になり、丸10年が経ちました。結婚式で久しぶりに友人達に会うと、それぞれの過ごしてきた10年間の歩みに、自然と思いをはせてしまいます。仕事に、プライベートに、色々なことがありましたね。

ことギターに関しては、「忙しさを理由にギターを止めることをしたくない」と思ってギター教室に通い始めたのが大学4回生のときでした。10年以上前になります。思うようにかないことが多い中で、継続は力なり、を続けられていること、そんな趣味を友人の節目に届ける機会が得られていることは純粋に嬉しく、誇れることかなぁと思います。

何というわけではありません、思うところを徒然記載しただけになりますが、久しくブログ更新できてなかったのでアップしました。こんな感じで、ぼちぼち元気に(?)やっています。今後とも宜しくお願い致します。

スランプ

夏季休暇も終わりました。友人の結婚式の演奏、デイサービスセンターでの演奏も終わり、11月に結婚式で演奏する以外は大きな予定はなくなりました。また結婚式で弾くんかい!と自分で突っ込んでおきますが。。

大きな予定がなくなったので、新曲の譜読みや練習曲の練習(馬から落馬みたいですね・・、でも、練習曲を練習するは、他に言い方がないような・・?)に精を出したいところです。ですが、どうもスランプに陥ってしまったようです。何と言うか、譜読みをする集中力が持たないのです。あと、長い曲を弾くのも持たない。途中で止めたくなってしまいます。

学生の方や若い方、ギターに取り組む時間がある方には、時間を作って毎日少しずつでも譜読みをする癖をつけられることをお勧めします。一つには、忙しい時期や集中力が続かない時期にも新曲に取り組むことができるようになること。もう一つは、そうやって「譜読みをした」ことのある曲の数を無理やりにでも増やすことにより、将来レパートリーに取り入れる必要が出てきた際のハードルが低くなること。メリットは大きいと考えます。私はできませんでしたが。

もう少し涼しくなったら、また調子も戻ってくると信じて、ぼちぼち頑張ります~~
プロフィール

あしゃお

Author:あしゃお
名前:麻尾佳史
住所:兵庫県宝塚市
年齢:昭和56年生まれ

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